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手越祐也の父の死因は?職業はタクシー運転手で父へ送る思い出の歌!

「イッテQ!」でお馴染みのジャニーズNEWSの手越祐也ですが、父を亡くしていたのはご存知でしたか?

私は知らなかったのですが、2015年に亡くなっていたそうです。

2015年と言えば手越祐也はFIFAクラブワールドカップジャパン2015のメインキャスターを務めていましたね。

女性とのスキャンダルも多いイメージですが、ポジティブでいつも笑顔でいる裏には父の死というショッキングな出来事がありました。

そんな手越祐也の心境は?や、父はなぜ亡くなったのか、どんな職業だったのか、母とは離婚していたのかなど調べてみました。

すると、手越祐也の意外な素顔がわかったので、まとめてみました。

では早速見てみましょう。

手越祐也は亡き父が好きだった「さくらガール」を熱唱

手越祐也の父親は2015年に亡くなっています。

それが悲しくもテゴマスのCD発売の前日で、

そのCDに関するライブがあったため、地方に居た手越祐也は父親の死に目には会えなかったそうです。

ライブの席を手越祐也は父親に用意していたのですが、父に見てもらう事は叶わず終いだったようです。

ライブ当日、手越祐也はライブをできる心境ではなかったはずですが、ファンのため、応援してくれていた父親のために明るく努めたそう。

後日雑誌では、父の死を知らされた後のライブで歌った「さくらガール」はファンではなく父に向けて歌ったことを話していたみたい。

 

父の急死を知ったにも関わらず仕事を最後まで務めたのは流石プロだなーと思います。

チャラ男の悪いイメージしかなかったのですが、意外と格好いいかもと思い始めています。

参照:Myojo インタビュー

父に向けて歌った「さくらガール」とは?

生前、この「さくらガール」は父のお気に入りの曲だったようで、思い入れもかなりあったんじゃないかと思います。

歌詞を調べると、父の死とリンクしているような歌詞で、自然と涙が出てきそうになります。

その気になる「さくらガール」の歌詞はこちらです。

画像引用元:Amazon.co.jp

さくらガール
NEWS

さくらのような 君でした 春のような 恋でした
いつまでも 続いてゆくと そんな気がしてた
風が吹いて 散るように はらはらと 散るように
あの風が 連れ去ってゆく
舞って 舞って 僕のさくら
さくら

突然の出会い 教室で二人
なんてことない 台詞ばかり
でも僕にとっては ぜんぶ忘れない
きっと 一生忘れない

散りゆくから 綺麗なんだってさ
そんなこと知らない僕になにが 出来たっていうのさ

さくらのような 君でした 春のような 恋でした
いつまでも 続いてゆくと そんな気がしてた
風が吹いて 散るように はらはらと 散るように
あの風が 連れ去ってゆく
舞って 舞って 僕のさくら
さくら

言葉にならない キミの『さよなら』に
まだ受け入れられないことばかり
でも僕の前に もうキミは見えない
抜け殻さえ粉々に

儚いから 綺麗なんだってさ
そんなこと灰色になった今 聞きたくないのさ

さくらのような 君でした 春のような 恋でした
いつまでも 続いてゆくと そんな気がしてた
風が吹いて 散るように はらはらと 散るように
あの風が 連れ去ってゆく
舞って 待って 僕のさくら

さくらのような 君でした 春のような 恋でした
いつまでも 続いてゆくと そんな気がしてた
風が吹いて 散るように はらはらと 散るように
あの風が 連れ去ってゆく
舞って 舞って 僕のさくら
さくら

ラ ラ ラブ サクラ..

引用元:http://www.littleoslo.com/lyj/home/

この歌詞を見ると、彼女との別れを歌ったものなのですが、

「言葉にならない キミの『さよなら』にまだ受け入れられないことばかりでも僕の前に もうキミは見えない抜け殻さえ粉々に」

の部分など、亡くなった方に向けて歌っているようにも感じますね。

この「さくらガール」は手越祐也にとっては突然父が『さよなら』と消えてしまった悲しさを込めて歌ったのかもしれません。

それにしても父親がなくなった次の日にライブできるメンタルには驚きです。

手越祐也の父親の職業はタクシー運転手

手越祐也の父がタクシー運転手をしていたのはファンの間では有名な話、

生前お客さんを乗せた時は住んでいる所や、手越祐也がテニスをしていたり、ダンスの練習をしたりしていることを話していた事ががあるようです。

その時は息子を一生懸命宣伝していたようですよ。

子煩悩なお父さんだったんでしょうね。

その人は渋谷から乗ったそうなので、渋谷からタクシーを利用している人は、手越祐也の父が運転手だった!なんて可能性がありますよね。

生きていたら手越祐也の小さい頃の話や、秘密なども教えてくれたかもしれませんね。

手越祐也の父の死因は?

  • 心筋梗塞
  • 狭心症

タクシー運転手という職業は夜勤と昼勤の二交代制、もしくは三交代制で、理想の生活リズムとはかけ離れた生活を余儀なくされません。

生活リズムが狂うと体に何らかの支障がきてしまいます。

もしかしたら、死因は生活リズムが狂ったことによる、持病などがあった可能性がありますね。

日本人の死因第二位が心臓病で、その約半数が心筋梗塞や狭心症なんです。

急性心筋梗塞を発症した約30%の人は亡くなっていて、とても身近な死因だとわかります。

手越祐也の父親の死因は心筋梗塞や狭心症ではないか?と言われていますが、正式な公表は控えているようです。

手越祐也もその持病を知っていたので、亡くなった事はショックですが、ある程度の覚悟は出来ていたかもしれません。

それでもやっぱり自分の親が亡くなるのは想像できないくらい悲しいことだと思います。

手越祐也の両親は離婚していた?

実は手越祐也は、母子家庭で母は離婚経験者なのでは?と噂がありました。

よくラジオなどで、母親の話はしていて、母と祖母の3人で住んでいることを明かしていました。

父親の話がなかったため離婚したのでは?と言われていましたが、亡くなっていたから話せなかったんですよね。

私も父を数年前に亡くしましたが、亡くなってすぐは、父との思い出を話すことができませんでした。

今は話せますが、必ずと言っていいほど、涙が出てしまいます。

手越祐也も父が亡くなってからの数年は話せる心境ではなかったのかもしれません。

だって、手越祐也ってチャラ男で、いつも明るくて泣いてる姿なんて想像出来ませんし、

そんな明るく頑張っている息子を父は応援していたのですから、尚更かもしれませんよね。

と、考えると本当に手越祐也って格好いいなと思ってしまう。

チャラ男は嫌いなのに!(笑)

調べていくうちに、ますます女性にだらしない所さえなければ・・・と、残念に思ってしまいました。

まとめ

  1. 手越祐也は父に向けて「さくらガール」を歌っていた。
  2. 「さくらガール」は亡くなった父のお気に入りの曲だった。
  3. 手越祐也の父の職業はタクシー運転手だった。
  4. 父は乗ってきたお客さんに手越祐也を一生懸命宣伝していた。
  5. 父の死因は心筋梗塞や狭心症だった可能性がある。
  6. 手越祐也の母は離婚していたのではなく、夫に先立たれ、祖母と3人で暮らしていた。
  7. 手越祐也はチャラ男の裏で親思いの、良い子だった。

手越祐也の父について読んで頂きましたが、いかがでしたか?

父の死後、歌を手向けて歌ったり、明るく振る舞ったり、今までのイメージとはガラッと変わってしまいました。

手越祐也の女癖は今でも嫌いですが、見方が変わりました。

身近な人が亡くなったとき、気丈に振る舞えるのは本当に強い人だとおもいます。

以上「手越祐也の父の死因は?職業はタクシー運転手!亡き父へ送る思い出の歌とは?」でした。